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昔、アメリカでこんな話があった。
ある母親が、中学生の娘が、夜によく外出するのに気付き、どこに行っているのか尋ねると、娘が言うには、数学の宿題が出来なくて困っていた時、近所に数学の偉い先生がいると聞いたことがあるのを思い出し、ためしに、その先生の家に行って、数学の宿題を手伝ってもらえないかと頼んでみたら、喜んで教えてくれたのだが、その教え方が学校の先生よりずっと分り易いし、いつでも来ていいと言うので、宿題が出来ない時はその先生のところに行っているのだという。
そして、その先生の名を聞いて、母親は卒倒しかけた。当時、アメリカに亡命していた、アルベルト・アインシュタイン博士であった。
すぐに母親はアインシュタイン博士のところに謝罪に行ったが、アインシュタインは「いえ、私の方が多く教わっていたのです」と答えたという。
甲本ヒロト

ダイヤモンドの行商人がやってきて,このダイヤモンドは永遠の輝きをどうのこうの言うとるけど,
せいぜい百年しか生きられん人間に,永遠の輝きを売りつけてどうするんじゃ。
俺らがほしいのは今だけです。
昔は出会いの場は少なかった。だから狭い世界で出会った人と、多少のことは目をつむって暮らしてきた。昔の大人は我慢強かった。世界が狭いがゆえに、そこで生きて行くしかないことをよく知っていた。狭い世界は、15年や20年も人生を送れば、一通りのものが見られた。その世界の外側があることは認識していたが、手が届くものではなかった。好奇心は失われ、黙々と生きる日々を送ることができた。それが「大人になる」という事だった。

いま、世界は事実上、無限に広がっている。人々との出会いはいくらでもある。住みたいところに住み、食べたいものを食べ、寝たいところで寝る、そういった事も、そう難しい話ではなくなった。広がりすぎた世界にいると、好奇心は満足することがない。飽きることがない。「好奇心を失うこと=大人になること」だった時代は、そこで終わりを告げる。世界は無限だ。昔の大人から見れば、彼らはいつまでたっても子供のままに見えるだろう。
性格は顔に出る、生活は体型に出る、本音は仕草に出る、感情は声に出る、センスは服に出る、美意識は爪に出る、清潔感は髪に出る、落ち着きのなさは足に出る。
「男は女から質問されると、解決方法を考えなければいけないと思うんだけど、女はそれをどうでもいいと思ってるんだよね。話すことによって人間関係を確認してるだけなんだよ」
まさに蓮舫には理解出来ない言葉。「成果がなければ 凡てが無駄であると論ずるものは 人の美しさ 日本の伝統を 知り得ぬ者であろう」(特攻隊 高久健一命)

Twitter / 伊藤泉 (via irregular-expression) (via gkojax) (via kml) (via rosarosa)

2010-07-21

(via gkojay) (via wingknights) (via ibi-s)

(via syoty)

(via chiha72) (via konishiroku) (via kool0001)

部長が無断欠勤した。

会社を休むことなんて全くなかったのに、朝来てみたら、いない。

外出しているわけでもない。きっと病院じゃない、携帯なくしんたんだよ、同僚はそういう。

昼になっても来ない。夕方になると、さすがに皆がいぶかり始めた。

五時もまわろうかという頃、部長からメールが来た。

なんでもない、いつものメールだ。案件について。

どこから送っているのか、不思議に思ったが、あえて事務的に返信した。

しばらくして、同僚が「○○の案件、手伝おうか?」とやって来た。

対応が早い。さっき、部長にメールの返信でお願いしたばかりだ。部長、さすが。

帰る途中、役員がじろじろとこちらを見ている。なんだろう。

次の日。部長は来ない。

しかしメールは来る。今日のメールは変だ。出し主は、部長ではない。でも部長宛のメールだ。

間違えてこちらに送ってきたのだろうか。いや、宛先は部長になっている。転送なのか。

よく内容を見ると、いま私が担当している案件だ、気を利かして転送したのか。

しかしそのしばらく後、別の人からの部長宛のメールも来た。

さっきの人とは食い違うことを言っている。めちゃくちゃだ。

かと思えば、その件に関して、会社をしばらく休むからと部下がメールを送っている。

しかし部下にもちゃんとそのメールが回っているらしく、休みをずらしたようだ。

食い違っていたさっきのメールの人々も、結果としては妥協したようだ。メールを互いに見たのかもしれない。

さらに日は過ぎる。部長は来ない。

淡々と、転送されるらしきメールが、自分に関連しそうなものだけやってくる。

部長は全く姿を見せないし、自分で何かメールを書いたりもしない。本当にいるのかもわからない。

なにかのルールで自動的にメールが転送されているだけのような気さえする。

でも、以前より、部全体の仕事の進みがいいみたいだ。

みんなが自然と相手のことを考えて調整できるようになったようだし、

食い違っていても、相手のメールが部長から転送されてくるので歩み寄るしかない。

だってそこには部長がもういないのだから。存在はあるが、実物がいない。

部長は、たぶんどこかにいる。でも、メールを転送しているだけだ。実際はいないようなものだ。

ただ、部長という役割はまだそこに残っているし、誰も代わりをしていない。

部長は空気になった。いるけど、いない。Bucho Air。

それで前よりうまくいく。

部長ってなんだろう。

Bucho Air - kokokubeta; (via hetmek) (via nopnop) (via ryujisnote) (via tayouji) (via kondot) (via isikasa) (via otsune) (via vmconverter, umelabo)
2009-07-13 (via gkojay) (via udonchan) (via ssbt) (via littlerodem) (via uessai-text) (via mzdakr) (via phiphiphi) (via sironekotoro) (via layer13) (via sierra7) (via unch0) (via wakahou) (via hatsuneya-mikuzou) (via k32ru) (via text-man) (via kyo-ju) (via poochin) (via oyaki) (via tyoroin) (via lunaryue)
阪神大震災は、モンゴルでも重大ニュースとして報道され大きなショックを与えた。
モンゴル政府はただちに臨時閣議を開き、救援物資を送ることを決めた。
それも、ただ送るということではなく、一刻も早く届けようとしたのだ。
毛布2100枚、手袋500組その他を直ちに政府特別機に積み込み、
プレブドルジ副首相は国民を代表して見舞いにやってきてくれた。

モンゴル国は、以前はモンゴル人民共和国と称していた。
ソビエト連邦の衛星国の一つとして、ソ連共産党の指導下に長きにわたり入っていたが、
その時代でさえ、モンゴルは日本に極めて好意的な国家として、経済・文化交流などで
緊密な間柄を保っていた。
そのことにソ連が不快感を示しても、モンゴル政府は、
『 血の繋がりは、共産主義の教義よりも強し 』
としてこれを無視してきたのである・・・・。

ソ連崩壊後、モンゴルは自由主義国家を目指し、市場経済への道を歩み始めた。
日本は同国にとっての最大の援助国として全面的に支援してきた。
同国は日本の長きにわたる援助を多とし、感謝の気持ちを込めて救援に駆けつけて
くれたのであろう。

関西空港で出迎えた外務省幹部が感謝の意を表明するとともに、長旅を労って
休息していただこうとしたが、「長居をしてご迷惑を掛けたくない」と、
わずか90分だけの日本滞在で機上の人となった。
日本では「困った時の友が真の友」という。
モンゴルにも「困難に直面する時こそ、友人の価値が分かる」という諺があるという。
小さな国からの、大きな贈り物であった。
イチローと矢沢永吉の対談本(元は衛星放送での対談だったらしい)を読んだら、イチローの言葉でこういうことが書いてあったんだ。原文のまま書いてみるね。

イチロー:僕はいままで、矢沢さんのように50歳を越えられた方、あるいは40歳を越えられた方とお会いしてきました。まぁ様々な40代、50代の方々とお話をさせていただいて、感じていたことがあるんですよ。それはなにかというと、その年代で、失礼ですけど魅力のない方って、もう自分が行くところまで行っちゃったみたいなんです。若い人に対して、ちょっと上からものをいってくるんですね。

矢沢:うん、うん。

イチロー:そういう方たちは、なんか上からものを言う姿勢で来られる傾向があるんですよね。自分は、世の中のことをたくさん知っている。いろんな経験を重ねてきている。だから、なんでも聞きなさい。私は教えてあげるよ、っていうようなスタンスなんです。そういうスタンスで来られると、「あぁなんか、この人限界なんだろうなあ!」って思うんです。

矢沢:なるほどね。

イチロー:それとは逆に、輝いている人って、常にさらなる上を目指している。常に誰とでも対等。いくら歳が違っても、常に目線を僕らと同じところまで持ってきてくれる、そんな懐の大きさがあるんですよね。それが、まさに矢沢さん。いまたった、これだけの短い時間、お話させていただいているだけでも感じるんですけど。
自分の子供が殺されそうになったら親は誰でも相手を殺す。自分の妻がレイプされそうになったら、夫は誰でも相手を殺す。自分の国が侵略されそうになったら、どこの国でも武力で反撃する。

人間はそうやって生き延びてきたし、国家もそうやって生き延びてきた。

相手が棍棒を捨てたら、こちらも捨てればいい。相手が棍棒を持っている間は、こちらも棍棒を捨ててはいけない。そうしないと、自分の存在が「消される」のである。
昔、アメリカでこんな話があった。
ある母親が、中学生の娘が、夜によく外出するのに気付き、どこに行っているのか尋ねると、娘が言うには、数学の宿題が出来なくて困っていた時、近所に数学の偉い先生がいると聞いたことがあるのを思い出し、ためしに、その先生の家に行って、数学の宿題を手伝ってもらえないかと頼んでみたら、喜んで教えてくれたのだが、その教え方が学校の先生よりずっと分り易いし、いつでも来ていいと言うので、宿題が出来ない時はその先生のところに行っているのだという。
そして、その先生の名を聞いて、母親は卒倒しかけた。当時、アメリカに亡命していた、アルベルト・アインシュタイン博士であった。
すぐに母親はアインシュタイン博士のところに謝罪に行ったが、アインシュタインは「いえ、私の方が多く教わっていたのです」と答えたという。
甲本ヒロト

ダイヤモンドの行商人がやってきて,このダイヤモンドは永遠の輝きをどうのこうの言うとるけど,
せいぜい百年しか生きられん人間に,永遠の輝きを売りつけてどうするんじゃ。
俺らがほしいのは今だけです。
昔は出会いの場は少なかった。だから狭い世界で出会った人と、多少のことは目をつむって暮らしてきた。昔の大人は我慢強かった。世界が狭いがゆえに、そこで生きて行くしかないことをよく知っていた。狭い世界は、15年や20年も人生を送れば、一通りのものが見られた。その世界の外側があることは認識していたが、手が届くものではなかった。好奇心は失われ、黙々と生きる日々を送ることができた。それが「大人になる」という事だった。

いま、世界は事実上、無限に広がっている。人々との出会いはいくらでもある。住みたいところに住み、食べたいものを食べ、寝たいところで寝る、そういった事も、そう難しい話ではなくなった。広がりすぎた世界にいると、好奇心は満足することがない。飽きることがない。「好奇心を失うこと=大人になること」だった時代は、そこで終わりを告げる。世界は無限だ。昔の大人から見れば、彼らはいつまでたっても子供のままに見えるだろう。
性格は顔に出る、生活は体型に出る、本音は仕草に出る、感情は声に出る、センスは服に出る、美意識は爪に出る、清潔感は髪に出る、落ち着きのなさは足に出る。
「男は女から質問されると、解決方法を考えなければいけないと思うんだけど、女はそれをどうでもいいと思ってるんだよね。話すことによって人間関係を確認してるだけなんだよ」
まさに蓮舫には理解出来ない言葉。「成果がなければ 凡てが無駄であると論ずるものは 人の美しさ 日本の伝統を 知り得ぬ者であろう」(特攻隊 高久健一命)

Twitter / 伊藤泉 (via irregular-expression) (via gkojax) (via kml) (via rosarosa)

2010-07-21

(via gkojay) (via wingknights) (via ibi-s)

(via syoty)

(via chiha72) (via konishiroku) (via kool0001)

部長が無断欠勤した。

会社を休むことなんて全くなかったのに、朝来てみたら、いない。

外出しているわけでもない。きっと病院じゃない、携帯なくしんたんだよ、同僚はそういう。

昼になっても来ない。夕方になると、さすがに皆がいぶかり始めた。

五時もまわろうかという頃、部長からメールが来た。

なんでもない、いつものメールだ。案件について。

どこから送っているのか、不思議に思ったが、あえて事務的に返信した。

しばらくして、同僚が「○○の案件、手伝おうか?」とやって来た。

対応が早い。さっき、部長にメールの返信でお願いしたばかりだ。部長、さすが。

帰る途中、役員がじろじろとこちらを見ている。なんだろう。

次の日。部長は来ない。

しかしメールは来る。今日のメールは変だ。出し主は、部長ではない。でも部長宛のメールだ。

間違えてこちらに送ってきたのだろうか。いや、宛先は部長になっている。転送なのか。

よく内容を見ると、いま私が担当している案件だ、気を利かして転送したのか。

しかしそのしばらく後、別の人からの部長宛のメールも来た。

さっきの人とは食い違うことを言っている。めちゃくちゃだ。

かと思えば、その件に関して、会社をしばらく休むからと部下がメールを送っている。

しかし部下にもちゃんとそのメールが回っているらしく、休みをずらしたようだ。

食い違っていたさっきのメールの人々も、結果としては妥協したようだ。メールを互いに見たのかもしれない。

さらに日は過ぎる。部長は来ない。

淡々と、転送されるらしきメールが、自分に関連しそうなものだけやってくる。

部長は全く姿を見せないし、自分で何かメールを書いたりもしない。本当にいるのかもわからない。

なにかのルールで自動的にメールが転送されているだけのような気さえする。

でも、以前より、部全体の仕事の進みがいいみたいだ。

みんなが自然と相手のことを考えて調整できるようになったようだし、

食い違っていても、相手のメールが部長から転送されてくるので歩み寄るしかない。

だってそこには部長がもういないのだから。存在はあるが、実物がいない。

部長は、たぶんどこかにいる。でも、メールを転送しているだけだ。実際はいないようなものだ。

ただ、部長という役割はまだそこに残っているし、誰も代わりをしていない。

部長は空気になった。いるけど、いない。Bucho Air。

それで前よりうまくいく。

部長ってなんだろう。

Bucho Air - kokokubeta; (via hetmek) (via nopnop) (via ryujisnote) (via tayouji) (via kondot) (via isikasa) (via otsune) (via vmconverter, umelabo)
2009-07-13 (via gkojay) (via udonchan) (via ssbt) (via littlerodem) (via uessai-text) (via mzdakr) (via phiphiphi) (via sironekotoro) (via layer13) (via sierra7) (via unch0) (via wakahou) (via hatsuneya-mikuzou) (via k32ru) (via text-man) (via kyo-ju) (via poochin) (via oyaki) (via tyoroin) (via lunaryue)
阪神大震災は、モンゴルでも重大ニュースとして報道され大きなショックを与えた。
モンゴル政府はただちに臨時閣議を開き、救援物資を送ることを決めた。
それも、ただ送るということではなく、一刻も早く届けようとしたのだ。
毛布2100枚、手袋500組その他を直ちに政府特別機に積み込み、
プレブドルジ副首相は国民を代表して見舞いにやってきてくれた。

モンゴル国は、以前はモンゴル人民共和国と称していた。
ソビエト連邦の衛星国の一つとして、ソ連共産党の指導下に長きにわたり入っていたが、
その時代でさえ、モンゴルは日本に極めて好意的な国家として、経済・文化交流などで
緊密な間柄を保っていた。
そのことにソ連が不快感を示しても、モンゴル政府は、
『 血の繋がりは、共産主義の教義よりも強し 』
としてこれを無視してきたのである・・・・。

ソ連崩壊後、モンゴルは自由主義国家を目指し、市場経済への道を歩み始めた。
日本は同国にとっての最大の援助国として全面的に支援してきた。
同国は日本の長きにわたる援助を多とし、感謝の気持ちを込めて救援に駆けつけて
くれたのであろう。

関西空港で出迎えた外務省幹部が感謝の意を表明するとともに、長旅を労って
休息していただこうとしたが、「長居をしてご迷惑を掛けたくない」と、
わずか90分だけの日本滞在で機上の人となった。
日本では「困った時の友が真の友」という。
モンゴルにも「困難に直面する時こそ、友人の価値が分かる」という諺があるという。
小さな国からの、大きな贈り物であった。
イチローと矢沢永吉の対談本(元は衛星放送での対談だったらしい)を読んだら、イチローの言葉でこういうことが書いてあったんだ。原文のまま書いてみるね。

イチロー:僕はいままで、矢沢さんのように50歳を越えられた方、あるいは40歳を越えられた方とお会いしてきました。まぁ様々な40代、50代の方々とお話をさせていただいて、感じていたことがあるんですよ。それはなにかというと、その年代で、失礼ですけど魅力のない方って、もう自分が行くところまで行っちゃったみたいなんです。若い人に対して、ちょっと上からものをいってくるんですね。

矢沢:うん、うん。

イチロー:そういう方たちは、なんか上からものを言う姿勢で来られる傾向があるんですよね。自分は、世の中のことをたくさん知っている。いろんな経験を重ねてきている。だから、なんでも聞きなさい。私は教えてあげるよ、っていうようなスタンスなんです。そういうスタンスで来られると、「あぁなんか、この人限界なんだろうなあ!」って思うんです。

矢沢:なるほどね。

イチロー:それとは逆に、輝いている人って、常にさらなる上を目指している。常に誰とでも対等。いくら歳が違っても、常に目線を僕らと同じところまで持ってきてくれる、そんな懐の大きさがあるんですよね。それが、まさに矢沢さん。いまたった、これだけの短い時間、お話させていただいているだけでも感じるんですけど。
自分の子供が殺されそうになったら親は誰でも相手を殺す。自分の妻がレイプされそうになったら、夫は誰でも相手を殺す。自分の国が侵略されそうになったら、どこの国でも武力で反撃する。

人間はそうやって生き延びてきたし、国家もそうやって生き延びてきた。

相手が棍棒を捨てたら、こちらも捨てればいい。相手が棍棒を持っている間は、こちらも棍棒を捨ててはいけない。そうしないと、自分の存在が「消される」のである。
"昔、アメリカでこんな話があった。
ある母親が、中学生の娘が、夜によく外出するのに気付き、どこに行っているのか尋ねると、娘が言うには、数学の宿題が出来なくて困っていた時、近所に数学の偉い先生がいると聞いたことがあるのを思い出し、ためしに、その先生の家に行って、数学の宿題を手伝ってもらえないかと頼んでみたら、喜んで教えてくれたのだが、その教え方が学校の先生よりずっと分り易いし、いつでも来ていいと言うので、宿題が出来ない時はその先生のところに行っているのだという。
そして、その先生の名を聞いて、母親は卒倒しかけた。当時、アメリカに亡命していた、アルベルト・アインシュタイン博士であった。
すぐに母親はアインシュタイン博士のところに謝罪に行ったが、アインシュタインは「いえ、私の方が多く教わっていたのです」と答えたという。"
"甲本ヒロト

ダイヤモンドの行商人がやってきて,このダイヤモンドは永遠の輝きをどうのこうの言うとるけど,
せいぜい百年しか生きられん人間に,永遠の輝きを売りつけてどうするんじゃ。
俺らがほしいのは今だけです。
"
"昔は出会いの場は少なかった。だから狭い世界で出会った人と、多少のことは目をつむって暮らしてきた。昔の大人は我慢強かった。世界が狭いがゆえに、そこで生きて行くしかないことをよく知っていた。狭い世界は、15年や20年も人生を送れば、一通りのものが見られた。その世界の外側があることは認識していたが、手が届くものではなかった。好奇心は失われ、黙々と生きる日々を送ることができた。それが「大人になる」という事だった。

いま、世界は事実上、無限に広がっている。人々との出会いはいくらでもある。住みたいところに住み、食べたいものを食べ、寝たいところで寝る、そういった事も、そう難しい話ではなくなった。広がりすぎた世界にいると、好奇心は満足することがない。飽きることがない。「好奇心を失うこと=大人になること」だった時代は、そこで終わりを告げる。世界は無限だ。昔の大人から見れば、彼らはいつまでたっても子供のままに見えるだろう。"
"性格は顔に出る、生活は体型に出る、本音は仕草に出る、感情は声に出る、センスは服に出る、美意識は爪に出る、清潔感は髪に出る、落ち着きのなさは足に出る。"
"
「男は女から質問されると、解決方法を考えなければいけないと思うんだけど、女はそれをどうでもいいと思ってるんだよね。話すことによって人間関係を確認してるだけなんだよ」
"
"まさに蓮舫には理解出来ない言葉。「成果がなければ 凡てが無駄であると論ずるものは 人の美しさ 日本の伝統を 知り得ぬ者であろう」(特攻隊 高久健一命)"
"

部長が無断欠勤した。

会社を休むことなんて全くなかったのに、朝来てみたら、いない。

外出しているわけでもない。きっと病院じゃない、携帯なくしんたんだよ、同僚はそういう。

昼になっても来ない。夕方になると、さすがに皆がいぶかり始めた。

五時もまわろうかという頃、部長からメールが来た。

なんでもない、いつものメールだ。案件について。

どこから送っているのか、不思議に思ったが、あえて事務的に返信した。

しばらくして、同僚が「○○の案件、手伝おうか?」とやって来た。

対応が早い。さっき、部長にメールの返信でお願いしたばかりだ。部長、さすが。

帰る途中、役員がじろじろとこちらを見ている。なんだろう。

次の日。部長は来ない。

しかしメールは来る。今日のメールは変だ。出し主は、部長ではない。でも部長宛のメールだ。

間違えてこちらに送ってきたのだろうか。いや、宛先は部長になっている。転送なのか。

よく内容を見ると、いま私が担当している案件だ、気を利かして転送したのか。

しかしそのしばらく後、別の人からの部長宛のメールも来た。

さっきの人とは食い違うことを言っている。めちゃくちゃだ。

かと思えば、その件に関して、会社をしばらく休むからと部下がメールを送っている。

しかし部下にもちゃんとそのメールが回っているらしく、休みをずらしたようだ。

食い違っていたさっきのメールの人々も、結果としては妥協したようだ。メールを互いに見たのかもしれない。

さらに日は過ぎる。部長は来ない。

淡々と、転送されるらしきメールが、自分に関連しそうなものだけやってくる。

部長は全く姿を見せないし、自分で何かメールを書いたりもしない。本当にいるのかもわからない。

なにかのルールで自動的にメールが転送されているだけのような気さえする。

でも、以前より、部全体の仕事の進みがいいみたいだ。

みんなが自然と相手のことを考えて調整できるようになったようだし、

食い違っていても、相手のメールが部長から転送されてくるので歩み寄るしかない。

だってそこには部長がもういないのだから。存在はあるが、実物がいない。

部長は、たぶんどこかにいる。でも、メールを転送しているだけだ。実際はいないようなものだ。

ただ、部長という役割はまだそこに残っているし、誰も代わりをしていない。

部長は空気になった。いるけど、いない。Bucho Air。

それで前よりうまくいく。

部長ってなんだろう。

"
"阪神大震災は、モンゴルでも重大ニュースとして報道され大きなショックを与えた。
モンゴル政府はただちに臨時閣議を開き、救援物資を送ることを決めた。
それも、ただ送るということではなく、一刻も早く届けようとしたのだ。
毛布2100枚、手袋500組その他を直ちに政府特別機に積み込み、
プレブドルジ副首相は国民を代表して見舞いにやってきてくれた。

モンゴル国は、以前はモンゴル人民共和国と称していた。
ソビエト連邦の衛星国の一つとして、ソ連共産党の指導下に長きにわたり入っていたが、
その時代でさえ、モンゴルは日本に極めて好意的な国家として、経済・文化交流などで
緊密な間柄を保っていた。
そのことにソ連が不快感を示しても、モンゴル政府は、
『 血の繋がりは、共産主義の教義よりも強し 』
としてこれを無視してきたのである・・・・。

ソ連崩壊後、モンゴルは自由主義国家を目指し、市場経済への道を歩み始めた。
日本は同国にとっての最大の援助国として全面的に支援してきた。
同国は日本の長きにわたる援助を多とし、感謝の気持ちを込めて救援に駆けつけて
くれたのであろう。

関西空港で出迎えた外務省幹部が感謝の意を表明するとともに、長旅を労って
休息していただこうとしたが、「長居をしてご迷惑を掛けたくない」と、
わずか90分だけの日本滞在で機上の人となった。
日本では「困った時の友が真の友」という。
モンゴルにも「困難に直面する時こそ、友人の価値が分かる」という諺があるという。
小さな国からの、大きな贈り物であった。"
"イチローと矢沢永吉の対談本(元は衛星放送での対談だったらしい)を読んだら、イチローの言葉でこういうことが書いてあったんだ。原文のまま書いてみるね。

イチロー:僕はいままで、矢沢さんのように50歳を越えられた方、あるいは40歳を越えられた方とお会いしてきました。まぁ様々な40代、50代の方々とお話をさせていただいて、感じていたことがあるんですよ。それはなにかというと、その年代で、失礼ですけど魅力のない方って、もう自分が行くところまで行っちゃったみたいなんです。若い人に対して、ちょっと上からものをいってくるんですね。

矢沢:うん、うん。

イチロー:そういう方たちは、なんか上からものを言う姿勢で来られる傾向があるんですよね。自分は、世の中のことをたくさん知っている。いろんな経験を重ねてきている。だから、なんでも聞きなさい。私は教えてあげるよ、っていうようなスタンスなんです。そういうスタンスで来られると、「あぁなんか、この人限界なんだろうなあ!」って思うんです。

矢沢:なるほどね。

イチロー:それとは逆に、輝いている人って、常にさらなる上を目指している。常に誰とでも対等。いくら歳が違っても、常に目線を僕らと同じところまで持ってきてくれる、そんな懐の大きさがあるんですよね。それが、まさに矢沢さん。いまたった、これだけの短い時間、お話させていただいているだけでも感じるんですけど。
"
"自分の子供が殺されそうになったら親は誰でも相手を殺す。自分の妻がレイプされそうになったら、夫は誰でも相手を殺す。自分の国が侵略されそうになったら、どこの国でも武力で反撃する。

人間はそうやって生き延びてきたし、国家もそうやって生き延びてきた。

相手が棍棒を捨てたら、こちらも捨てればいい。相手が棍棒を持っている間は、こちらも棍棒を捨ててはいけない。そうしないと、自分の存在が「消される」のである。"

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